今日の私は、だれ?:認知症とともに生きる
今日のわたしはだれ?:認知症とともに生きる
ウェンディ・ミッチェル
シングルマザーとして、キャリアウーマンとして颯爽と生きてきた著者ウェンディーが、徐々に病魔に蝕まれ、58歳で若年性認知症と診断される。
その診断されるまでの心の揺れ、
診断確定された時の娘2人への想い、
診断後、周りの人に助けられながら仕事を続けていく様子、
病魔というよりは、社会(具体的には会社の上司)の理解が得られず、やむなく職場を去る様、
仕事を失ってからも、積極的に社会との繋がりを求め懸命に生きる様。
通じて、認知症を特別な病とは受け止めず、ある難病に侵され立ち向かっていく、そんな決意と実行力に心が揺さぶられる。
見覚えのない空白。
盗まれる記憶。
自分自身に襲いかかる症状に怯え不安を感じながらも、2人の娘を介護者にするつもりはない、とアイパッドや様々な工夫を自ら考え出し出来る限り一人暮らしを続けたいと考えるウェンディ。
娘たちを想い、永続的委任状について娘たちと話し合い、理解を求め、納得を得るウェンディ。
そこには、”蘇生措置はしてほしくない””住む場所を自分で選ぶ能力を失うか、自宅は安全ではなくなるかしたら、しかるべきケアハウスの選定を、弁護士に一任します。”という娘たちにとっては悲しい現実に向き合わなければならない文言が書かれている。
がウェンディの想いは”あなたたちには、介護者になって欲しくないの。あくまでむすめだし、これからもそうであってほしい。”
涙が溢れる。
私の母は78歳だったからなの?
私に母のために犠牲を払って欲しいと求めていた。
自分が病気であることは、最後まで認めなかった。
(本文より抜粋)
・・・病気の脳がいたずらしたのだ。・・・・あの瞬間、私は母や父がまだ生きていると考えていたのか。・・母と父が亡くなった事実を、何度も言い聞かされる必要はない。この幻覚が他の人に迷惑をかけるのか?記憶能力に問題のない人たちは往々にして失念する。認知症を抱えたわたしたちは過去の出来事に想いを馳せるものだし、そんな時は現実に引き戻すのではなくわたしたちの体験に”合わせる”ほうがいい、ということを。倫理に反する対応ではない。ただ相手の体験を尊重すればいいだけだ。・・・愛する人の死を嘆く者は誰しも、たとえ五分間でもいいからその人と一緒にまた過ごせるならありったけの財産を差し出すのではないだろうか?
でも、ごめんね。
私は、あなたに襲いかかっている病が恐ろしくて、
あなたを尊重することができていなかったと思う。
あの時、私はどうすべきだったのか。
未だにわからず、自分を責め続けている。
が、もし。
貴方がウェンディのように私を娘として大切に思っていてくれたなら、
私の苦しかった気持ちもわかってくれていたのかな。